2019年12月10日午後に、元農林水産省の玉沢徳一郎(81)が盛岡市の自宅付近で、同級生80歳により銃撃事件が発生したニュースがありました。

元衆院議員で農林水産相などを務めた玉沢徳一郎氏(81)が10日午後、盛岡市内の自宅付近で、男に銃撃されたことが、捜査関係者の取材で分かった。

足を負傷したが、命に別条はないという。撃ったとみられる80代の男は出頭したといい、岩手県警が事情を聴いている。

幸いにも玉沢氏は足を打たれただけで、命には別状がなく、犯人(80)は出頭して事件は解決しております。

が!

今の日本で銃撃事件って怖すぎますよね・・・

今回は元農林水産省の玉沢徳一郎(81)が襲われた銃撃事件について「同級生の犯人」と政治から離れて久しい玉沢氏を襲った動機について解説していきます。

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元農林水産省の玉沢徳一郎とはどんな人物なの?

奥州大学講師、富士大学助教授、海部俊樹の秘書を経て、1976年の第34回衆議院議員総選挙で初当選。

1994年、村山内閣(自社さ連立政権)で防衛庁長官に就任し、初入閣。

1999年に小渕再改造内閣で農林水産大臣に就任。第1次森内閣でも農相に留任した。

2007年夏、2004年分の政党支部虚偽記載問題が浮上し、玉澤が代表を務める政党支部が領収書を偽造して重複計上したことが発覚。

政党支部領収書偽造問題では、政党支部会計責任者職務代行であった公設秘書が政治資金規正法違反や有印私文書偽造・同行使の罪で起訴され、懲役1年6月・執行猶予5年の有罪判決が言い渡された。

2008年9月25日、自民党に復党した。2009年7月21日の衆議院解散に伴い政界を引退。

お金の面でトラブルを起こして、何度か政界を除名されておりますが、その度に復活。

そして2009年に政界を引退後もうすぐ11年経過した81歳の今になぜ襲われたのか?

実は玉沢徳一郎銃撃の犯人と疑われている同級生とは意外な関係に有りました。

玉沢徳一郎銃撃の同級生の犯人は誰?顔画像は?

玉沢徳一郎(81)を銃撃した同級生の80歳については、2019年12月10日現在では、まだ名前が公表されておりません。

が!

高橋 脩氏という人物が、玉沢徳一朗氏と盛岡一高の柔道部の同期として青春を共にし、玉澤は早稲田大学に進学し、昭和44年の衆議院選へ出馬することになる人物がおります。

後に紹介するサイトでかなり恨みを買っていたので、犯人の可能性が一番高いと言われておりますが、確定したわけではありません。

分かり次第追記します。

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銃撃の犯行動機は玉沢徳一郎へ告ぐ!というサイトで1000万円を時効による踏み倒した事が原因か?

玉沢徳一郎氏は選挙戦で一緒に戦った仲間であった高橋 脩氏と金銭トラブルで裁判を起こしております。

http://web.archive.org/web/20190629064037/http://tamazawatokuichiro.com/を読んでみると、本当かどうかは定かではありませんが、内容証明書がついている限り、信憑性が高い情報かと。

領収書偽造で刑事罰を受けている玉沢徳一郎氏は、今回の銃撃事件の犯人の動機に十分すぎるほど、えげつない事をやっていたわけです。

昭和四十七年七月、東京の右翼の超大物で、関山義人と云う人がいる。児玉誉士夫と同格の人物で、そのトップの番頭に、井上と云う大人物がいる、その人に選挙資金を願ったら、地元で金が出ないのでは出せない。地元で出るなら、出してやると云われたので是が非でも出してくれ、との話であった。

用事があって事務所をでたら道路まで追いかけてきて頼む頼むと何度も頭を下げられた

会社設立から一年そこそこ、余裕金等あるわけでない。 二三百の金では役に立つどころか、笑われると考えた。 誰彼に話せることでもない。経理の者が苦い顔をするなか、仮払金として壱千万円を小生名義に引出して、貴君の家に行き、借用証等、紙切一切無しで、小生の手から貴君の手に借した。

神農道では、この様な金は、命が担保だ。玉澤はこの一千万円を呼水に三千万円を借り入れた。

 

しかし昭和47年に高橋 脩氏が玉沢徳一郎氏に貸し付けた1000万円は、平成26年(ワ)第273号貸し付け請求事件の判決で時効が認められたのです。

高橋 脩氏は平成13年5月10日内容証明で1000万の返金を迫っていましたが、これを玉沢徳一郎氏は拒否。

そして10年間後の平成23年5月10日に時効が成立し、裁判で争った結果、時効が認められ、高橋氏は負けてしまったのです。

裁判時は互いの主張が異なっており、

1000万円返済の裁判の互いの主張
  • 玉沢徳一郎:平成13年5月10日に内容証明書が来たが、それ以降10年間何もなかったので時効の援用。
  • 高橋 脩氏:平成13年5月10日に内容証明書を送った際、玉沢徳一郎の連帯保証人として「多賀」という人物を設定。

高橋 脩氏は玉沢徳一郎が返済する見込みがないと踏んだのでしょう。

連帯保証人を設定したにもかかわらず、裁判所ではそれが認められず、結果として玉沢徳一郎が勝利。

1回目の選挙で600万も出し、更に1000万も貸したにもかかわらずそれを踏み倒す「玉沢徳一郎氏」に怒りがあったのかも知れませんね。

今回は以上になります。

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